庭を作った。 その13「見せられずに」
2012年 6月
もう少しでお祖母さんが帰ってくる。頑張ってある程度までは作っておこうと、
作業のピッチをあげている最中だった。
「お祖母さんが冷たくなってる」
と、叔母さんから連絡が入りました。
そんな。。。
つい2日前に電話で話をしていて冗談なんか飛ばしていたくらいだったのに。
しばらく呆然としてしました。
東京で火葬を済ませてから石巻に帰って来ました。
(つづく)
もう少しでお祖母さんが帰ってくる。頑張ってある程度までは作っておこうと、
作業のピッチをあげている最中だった。
「お祖母さんが冷たくなってる」
と、叔母さんから連絡が入りました。
そんな。。。
つい2日前に電話で話をしていて冗談なんか飛ばしていたくらいだったのに。
しばらく呆然としてしました。
東京で火葬を済ませてから石巻に帰って来ました。
大地震と大津波、その前は戦争も生き抜いて、
気丈に生きてきたお祖母さん。
本当にお疲れ様でした。
いつでも、覚悟はできてはいたと思ったのだけれど、
ただ、生きている間にこの庭、見せたかった。
ちょうど、ルッコラもディルも青々と生えてきて、
食べることも出来る状態で、
玄昌石とステンドグラスと瓦、家族それぞれの生きがいの形を同じ場所で
支えあっている庭、また新しい命が育まれている所を見て欲しかった。
でも、きっと彼岸から見ているかな。